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和歌山地方裁判所 平成7年(行ウ)2号 判決 1996年3月13日

原告 貴志三七 ほか一八名

被告 和歌山県知事

代理人 本多重夫 小嶌一平 深澤郁男 木村博孝 挧野耕一 夏見聡 ほか三名

主文

一  原告らの訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

被告が平成六年一〇月二七日付で訴外柏栄不動産株式会社に対してなした開発許可処分を取り消す。

第二事案の概要

本件訴訟は、前記開発許可処分の対象となった土地の共有持分権を有するとし、かつ、原告中本綾子を除いて右土地の周辺に居住するとする原告らが、自らは右処分によって法律上の利益が害されることを前提に、右処分には種々の違法事由があると主張し、その取消しを求めたものである。

一  基礎事実(証拠の引用のない事実については争いがない。)

1  当事者

(一) 原告ら

原告らは、次のとおり、別紙物件目録記載の各土地(以下「本件土地」という。)について、登記簿上共有持分権者として登記されている者又はその子孫である。

(1) 原告貴志三七、同貴志敏彦、同貴志隆幸、訴外高塚正一、同黒田豊、同高橋正雄、同中本留次郎、同松田文一、同伊藤武次郎、同半田貞治郎、同貴志亀市、同貴志安雄、同中本信好、同貴志安吉、同貴志愛次郎、同高橋茂、同高塚量瑞、同中本廣市(登記簿上は「中本広市」)及び同貴志進一郎は、本件土地について、いずれも一三四分の一の持分を有している旨登記されている。 (<証拠略>)

(2) 高塚正一は、平成七年二月二八日に死亡し、原告高塚清治はその子である。 (<証拠略>)

(3) 黒田豊は、平成五年九月一四日に死亡し、原告黒田有香子は、昭和五四年九月二七日に死亡した黒田豊の子である黒田一彦の子(黒田豊の孫)である。 (<証拠略>)

(4) 高橋正雄は、昭和五四年五月二三日に死亡し、原告高橋陸夫はその子である。 (<証拠略>)

(5) 中本留次郎は、昭和二八年八月一八日に死亡し、原告中本綾子はその子である。 (<証拠略>)

(6) 松田文一は、昭和三六年一〇月一六日に死亡し、原告松田勲はその子である。 (<証拠略>)

(7) 伊藤武次郎は、昭和三九年五月一四日に死亡し、原告伊藤薫はその子である。 (<証拠略>)

(8) 半田貞治郎は、昭和一七年七月一日に死亡し、原告半田美代は、昭和一七年七月二一日に半田貞治郎の家督を相続した。 (<証拠略>)

(9) 貴志亀市は、昭和三七年三月二六日に死亡し、原告貴志繁子はその子である。 (<証拠略>)

(10) 貴志安雄は、昭和二〇年一二月二四日に死亡し、原告貴志弘はその子である。 (<証拠略>)

(11) 中本信好は、昭和二二年一〇月一三日に死亡し、原告中本悠紀子は、昭和五七年一二月二六日に死亡した中本信好の子である中本知佐子の子(中本信好の孫)である。 (<証拠略>)

(12) 貴志安吉は、昭和二一年九月一日に死亡し、その子である貴志一夫が同年同月五日にその家督を相続したが、同人は、平成三年四月三日に死亡し、原告貴志和真(平成元年九月一一日に、名を「一幸」から「和真」に変更した。)はその子である。 (<証拠略>)

(13) 貴志愛次郎は、昭和二一年一二月二〇日に死亡し、その妻貴志キヨノは、昭和三三年一一月二八日に死亡した。原告貴志昭吾は、昭和二二年一〇月三日、貴志キヨノと養子縁組をしてその養子となった。 (<証拠略>)

(14) 高橋茂は、昭和四六年三月三〇日に死亡し、原告高橋啓二はその子である。 (<証拠略>)

(15) 高塚量瑞は、昭和一九年六月二日に死亡し、その子である高橋量寳が同年同月二四日にその家督を相続したが、同人は、昭和四五年七月一九日に死亡した。原告高塚壽一は、昭和三四年一〇月一〇日、高塚量寳及びその妻鎭緒との間で養子縁組をして高塚量寳の養子となった。 (<証拠略>)

(16) 中本廣市は、昭和四九年一二月一三日に死亡し、原告中本節はその子である。 (<証拠略>)

(17) 貴志進一郎は、昭和四九年一二月一三日に死亡し、原告貴志郁子はその子である。 (<証拠略>)

(二) 被告及びその権限

都市計画は、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もって国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与するという都市計画法の目的の達成手段として、農林漁業との健全な調和を図りつつ、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保すべきこと並びにこのためには適正な制限のもとに土地の合理的な利用が図られるべきことを基本理念として定められるもので、地方公共団体は、国とともに、都市の整備、開発その他都市計画の適切な遂行に努めなければならないものとされている(都市計画法一条、二条、三条一項。以下、単に「法」というときは同法を指す。)。右の見地から、都道府県知事は、都市計画区域を区分し、既に市街化を形成している地域及びおおむね一〇年以内に市街化を促進する区域(市街化区域)と市街化を抑制する区域(市街化調整区域)を定めるものとされ(法五条、七条、一五条)、また、これらの区域で、主として建築物の建築又は特定工作物の建設の用に供する目的で行う土地の区画形質の変更(開発行為)をなすには、都道府県知事の許可が必要とされている(法二九条)。

被告は、法二九条にかかる開発許可権限を有するが、開発許可申請に対しては、法三三条所定の基準に適合しているかどうかを判断し、これに適合していると認めるときは、開発許可処分をしなければならない。

2  開発許可処分

被告は、平成六年一〇月二七日付で、柏栄不動産株式会社に対し、その開発許可申請に基づき、別紙物件目録記載の土地を含む和歌山市藤戸六三九―一外九六筆の土地(総面積一六一万八〇六九平方メートル)を開発区域とし、予定建築物の用途を戸建住宅及び集合住宅と定める所要の開発行為を行うについて、建築基準法四一条による建築制限及び左記のような許可条件を付して法二九条に係る開発許可処分(以下「本件処分」という。)をした。

(一) 本開発行為が災害等の誘因にならないよう施工には万全を期すこと。

(二) 本工事にかかる他法による同意及び許可条件は厳守すること。

(三) 本開発行為の着手後、工事の中止又は廃止をしようとするときは、既に施行された工事によって災害が発生し、その周辺に支障をおよぼすことのなきよう適切な処置を講ずること。

(四) 以下のような指示事項を厳守すること。

(1) 本開発許可の工事施行に当たっては、県建築課及び和歌山市と、必要に応じ事前に打合せを行うこと。

(2) 工事完了届けを提出するときは、許可内容と不一致がないか確認の上、工種別に色分けし、延長、断面、高さ、写真番号等を記入した出来形図等の書類を提出すること。

(3) 同意が得られていない隣接自治会について、解決に向け今後も話し合いを続け、理解が得られるよう努めること。

(4) 若衆山組合の土地(本件土地)については、所有権移転後、開発行為に着手すること。

(5) 和歌山県開発審査会の指示事項及び大規模開発計画事前協議に係る各意見、並びに防災連絡に係る協議事項について厳守すること。

(6) 本工事が災害等の誘因とならないよう留意すること。

(7) 本工事に起因して農業用施設及び周辺農地に損害を与えぬよう配慮するとともに、損害を与えた事業者が責任をもって改善復旧に努めること。 (<証拠略>)

3  本件土地の状況など

本件処分における開発区域は、別紙図面中赤色実線で囲まれた部分であり、本件土地は、その中の緑色実線で囲まれた部分である。

右開発区域の殆どが市街化調整区域であり、別紙図面中黄色斜線部分のみが市街化区域である。用途地域、流通業務地区及び港湾法三九条一項の分区等は存しない。 (<証拠略>)

4  不服申立

原告らは、平成六年一二月二二日、和歌山県開発審査会に対し、本件処分の取消しを求めて審査請求をなした。

右審査会は、平成七年二月二〇日付裁決書により、原告らに対し、審査請求を棄却する旨の裁決をした。右裁決は、そのころ原告らに到達した。

二  争点

原告らが本件土地について共有持分権を有するか、仮に有するとしても、本件処分の取消しを求める原告適格を有するか、また、本件処分に違法事由があるかが本件の争点である。

1  共有持分権について

原告らは、本件土地について前記一1の(一)の登記簿に記載のとおりの共有持分権を有すると主張し、被告はこれを否認して争う。

2  原告適格について

(一) 原告らの主張

行政事件訴訟法九条の当該処分又は裁決(以下「当該処分等」という。)の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」すなわち、原告適格の解釈においては、憲法三二条から導き出すことのできる、行政訴訟においては行政が法律に適合してなされることを保障するものであるという機能を否定するような解釈は許されず、また、現代では、行政庁が特定の相手方に対して公権力を行使するに止まらず、業者間の利益調整や開発行政のような準公共財の創出、自然環境保護、消費者保護等にまで行政作用は広がっているのであるから、その社会的変化を反映したものでなければならない。したがって、右の解釈については、自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は、必然的に侵害されるおそれのある者に限定すべきではなく、広く訴訟追行上の紛争解決上の利益を有する者をいうと解すべきである。

原告らは、後述のように、本件処分によってその財産、生活等に著しい影響を受ける者であるから、いずれも原告適格を有する。

仮に、右「法律上の利益を有する者」を当該処分等によって自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は、必然的に侵害されるおそれのある者と捉えるとしても、原告らには以下のとおり原告適格がある。

(1) 原告らは、本件土地について、共有持分権を有する者であるところ、本件処分により、開発区域内の土地では建築物を建築し、又は、特定工作物を建築してはならない(法三七条、四二条)から、右共有持分権に基づく土地利用について制約を受ける。特に、原告ら共有持分権者の一部が同意していなくても、他の多数の共有持分権者が同意しさえすれば、土地利用は制約を受けるから、本件処分によって原告らは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれがあるのである。

(2) 行政事件訴訟法九条にいう「法律上の利益を有する者」を当該処分等によって自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は、必然的に侵害されるおそれのある者と捉えるとしても、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどまらず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含む場合には、かかる利益も法律上保護された利益に当たり、当該処分等によりこれが侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者は原告適格を有すると解されるから、原告適格の有無は行政法規の解釈に委ねられることになるが、行政法規の解釈にあたってはその趣旨及び目的を考慮し、行政法規に直接関連する法規のみならず、目的を共通にする関連法規の関係規定の解釈までも参考とすべきである(新潟空港定期航空運送事業免許取消訴訟に関する最高裁平成元年二月一七日第二小法廷判決民集四三巻二号五六頁、原子炉設置許可処分無効確認等請求事件に関する最高裁平成四年九月二二日第三小法廷判決民集四六巻六号五七一頁参照)。

法二九条は開発行為に都道府県知事の許可が必要なこと(同項各号は開発許可の不要な場合)を、法三三条は開発許可の基準を、それぞれ定めているが、これらは、無秩序な開発を規制することによって、無秩序な開発による障害の発生を予防し、もって、都市住民に健康で文化的な生活を保障し、総合的な土地利用計画を確立し、機能的な経済活動の運営を確保することを目的とするものである。そして、開発許可基準のうち、法三三条一項二号、同法施行令二五条は、開発区域内の道路について、開発区域外の道路の機能を阻害することなく、これと接続して有効に機能を発揮させることを要求して、道路の形状等について詳細に規定し、また、開発区域に占める公園の面積の割合についても規定するが、これらは、開発区域周辺住民に対しても、環境保全、災害防止、通行の安全及び事業活動の効率の面から配慮したものである。また、法三三条一項三号、同法施行令二六条は、排水によって開発区域及びその周辺の地域に溢水等による被害が生じないような構造及び能力で適当に配置されるべきことを要求して、排水施設等について規定するが、これらは、開発区域周辺住民への溢水等による被害をも防止しようとするものである。これらは、一般的公益として保護されるものに止まらず、開発計画周辺の環境を保全することにより周辺住民個々人の保護を図るもので、個人的利益を保護するものである。

そして、原告中本綾子を除く原告らは、開発許可の対象となった土地の直下に居住しているが、本件処分による開発がなされれば、後記3の本件処分の違法事由についての主張のとおり、交通渋滞や洪水等の危険にさらされ、被害を受ける危険性が大きいから、右原告らは本件処分の取消しを求めるについて法律上の利益を有する。

(二) 被告の主張

行政事件訴訟法九条にいう「法律上の利益を有する者」とは、処分の法的効果として、自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうと解すべきである。ここにいう法律上保護された利益とは、処分の要件を定めた行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益と解すべきところ、行政法規が不特定多数人の利益を一般的公益の中に解消させるに止めず、個々人の個別具体的利益として保護する趣旨を含むと解される場合には、右利益も法律上保護された利益というべきであるが、そうでない場合には、たまたま一定の者が受けることとなる利益は反射的利益に過ぎず、法律上保護された利益ではない。そして、ある利益がそのいずれに該当するかは、行政法規の趣旨・目的、行政法規による規制によってもたらされる利益の内容・性質等を考慮して判断されるべきである。

(1) 原告らが、本件土地について、登記簿上の記載のとおり、共有持分権を有するとの点は否認するが、仮にそうだとしても、本件処分は、市街化区域又は市街化調整区域における開発行為の一般的禁止を解除するのみであって、開発区域内の土地について、所有権者の同意なくして開発できるような何らかの権限を設定するものではないし、私人間の権利関係に変動を及ぼすものでもない。

また、法三七条の建築制限は、開発行為に同意していない者に対しては及ばない(法三七条ただし書二号)。他方、法四二条一項の建築規制は、開発許可にかかる工事完了の公告があった後に開発区域内の土地に一律に及ぶものであるが、右制限は、開発行為自体による効果というよりも、工事完了の公告に伴う付随的な効果であり、いまだ一般的抽象的なものに過ぎない。したがって、原告らとしては、本件土地上に右制限に反する建築物等を建築しようとしたのに対して被告から不許可処分を受けて初めて、具体的な権利侵害を観念し得るのである。

のみならず、本件土地は、本件処分以前には市街化調整区域のうち開発許可を受けた開発地域以外の区域内の土地であったから、法四三条一項の建築規制が及んでいたのであり、本件処分後の法四二条一項の建築規制と比べると、前者の方が、被告の許可なくして、<1>法二九条二、三号所定の建築物の新築等ができること、<2>都市計画事業の施行として建築物等の新築等ができること、<3>非常災害のための応急措置として建築物等の新築等ができること、<4>仮説建築物を新築できること、<5>政令で定める通常の管理行為等ができること、の各点において規制が緩やかであったようにみえるが、これらはいずれも後者の制限の下でも許可されるべき事項であるから、両者は実質的には同じである。そして、原告らが本件土地について有する共有持分権は最大限に見積もっても全体の一三四分の一九に過ぎないから、将来原告らが本件土地上にかかる建築物等を建築等できる見込みはない(民法二五一、二五二条)。

なお、法三三条一項一四号は許可の条件として「相当数の同意」を要求しているが、規定の仕方が曖昧であるし、同意を与えていない者の不服申立てに関する規定を別個に設けていないこと等に鑑みれば、同号によっても原告らの原告適格は基礎付けられないと解される。

(2) 開発許可の基準を定める法三三条一項各号中には、開発区域の環境保全、洪水防止に関連するものがあるが、そのことから直ちに開発許可の対象となった土地の周辺に居住する、原告中本綾子を除く原告らの個人的利益を保護する趣旨を含むものと解することはできない。

法二九条の開発規制及び法三三条一項各号による開発許可の基準の趣旨ないし目的は、土地の健全な発展と秩序ある整備(法一条)、健康で文化的な都市生活及び都市活動の確保(法二条)という公益の実現、一般的公益の保護に尽きるのであって、周辺住民個々人の個別具体的利益までも保護する趣旨は窺われない。そもそも、都市計画法上、開発区域の周辺住民の同意は、開発許可の要件ではなく、同法施行令や同法施行規則を通覧しても、開発許可をするに当たってこれら住民の意見が聴取され、又は、その意見が反映するような手続規定はない。原告らの主張する洪水防止の見地から定められた開発許可基準は、法三三条一項三号の排水路等の開発区域内の下水を有効に排出できる構造及び能力で配置すべきことを求めるもので、開発区域のみならず、周辺地域の溢水被害をも防止せんとするものであるから、周辺住民に対して一定の配慮をしていることは否めないものの、都市計画法施行令や同法施行規則を検討しても、その主眼は開発区域内の下水の円滑な排出にあるというべきであり、周辺住民の溢水被害の防止の観点については未だ具体性を有するものではない。

3  本件処分の違法事由について

(原告らの主張)

本件処分には以下のような違法事由がある。

(一) 住民の相当数の同意を得ていないこと(法三三条一項一四号)

開発許可に際して住民の相当数の同意が必要なのは、これが開発の可能性を判断する資料となるからである。しかるところ、原告らは、本開発行為に対して頑強に反対し、本件土地は開発予定地の中心部であることを併せ考えると、住民の相当数の同意を得たとはいえない。

また、本件土地は、共有の性質を有する入会権の対象となる土地であるから、組合員全員の同意がなければ処分できないものであり、売却されることはあり得ない。

(二) 道路の不備(法三三条一項二号)

申請にかかる開発行為の設計においては、道路が、通行の安全上支障がないような規模及び構造で適当に配置されなければならない。

しかし、開発予定地及びその周辺に設置されている主要な道路は、工事の前後を通じて国道二六号線から和歌山大学に通じる道路一本だけであり、本開発行為においては、道路を新設する予定はないから、工事中はもとより、本開発行為の完了後に居住することになる住民も右道路を通行することが予想されるが、それでは交通渋滞や混乱が生じることは明らかであるし、右道路につながる国道二六号線や紀の川大橋に異常な渋滞が生じるので、周辺住民の生命、財産に対する危険が大きいし、和歌山大学の講義や住友金属株式会社への通勤に多大な被害を生じさせるものである。

(三) 溢水被害のおそれ(法三三条一項三号)

申請にかかる開発行為の設計において、排水路その他の排水施設が、その排水によって開発区域及びその周辺の地域に溢水等による被害が生じないような構造及び能力で適当に配置されるよう設計されていなければならない。

貴志地区及びその周辺は平成元年の大雨のときに広い地域にわたって溢水被害を受けたが、これは、この地域が海に近く海抜が低いにもかかわらず、すぐ近くに和泉山脈があり、山の水が急に低地に流れ込むという形になるため、山脈の急勾配を急激に流れ落ちてきた多量の水が低地に至って行き場を失い、周囲に溢れるという地形的特徴があるからである。現在でも右のような状況であるのに、この地域を開発して森林の保水力をなくし、アスファルトで埋めて土壌への浸透水をなくせば、降った雨の全てが一気に下流に流れ出すことになり、下流地域に水が溢れることは明らかである。この点、調整池を作ることで、溢水被害を防止できるとの見方もあるが、調整池は山の保水力の減った分を補完するのみであって下流の状況を改善するものではなく、土砂の流入により調整池の貯水力が低下することも多い。また、申請にかかる開発行為の設計において予定されている調整池は、現在の大池を更に拡げるものであるが、この地域は中央構造線が通っているため、地質上崩壊の危険が高いのに、元々高いところにある池の堤防を更に高くして作るもので、下流の地域からみれば実に数十メートルの堤防になることから、調整池の決壊のおそれも高くなるのであるし、高芝水路は大雨の際には下流で水門によりせき止められるため、それより上流にある調整池では全く水を流すことができないのに、一定の水を流すことができるように調整池の規模を定めているなど、前提となる事実や数値、係数の取り方を誤っているものである。したがって、本開発行為は、下流の溢水被害を大きくし、下流住民の財産や生命の危険を生じさせるだけでなく、道路寸断や伝染病発生の危険を生じさせるなど地域経済にも多大な危険を生ぜしめるものである。

(四) 開発行為をする者の資力及び信用の欠如(法三三条一項一二号)

開発行為を申請する者には、当該開発行為を行うだけの資力及び信用がなければならない。

しかし、本件の開発業者である柏栄不動産株式会社は、本件土地について買収の見込みがないうえ、係属中の所有権移転登記手続請求事件の裁判は取り下げて別訴を提起する予定であり、しかも右別訴は「若衆山組合」なる団体を相手とする馴れ合い裁判であって、登記名義人を相手とするものではないから、問題点を隠したものであって法律的には全く意味がないのに、いかにも係属中の裁判で勝訴し、本件土地の所有権移転登記手続を経由することができるかのように報告して被告を欺罔したものである。しかも、右柏栄不動産株式会社は、ゴルフ場の預託金一六〇億円の返還について預託者とトラブルを起こしたり、関連会社である柏栄興産株式会社とトラブルを起こしたりしているし、本件土地に隣接する土地について本件処分以前から無許可工事を始めていたため、県から中止勧告を受けたりしている。かように右柏栄不動産株式会社は、その資力や信用について大きな不安がある。

(五) 慣習的基準である隣接自治会の同意を得ていないこと

原告らの大半は、開発予定地に隣接し、開発による悪影響をまともに受ける地域に居住しているため、本開発行為による生命や財産の危険を感じ、開発に反対していたが、本件処分は、このような隣接住民の意向を無視し、その他の周辺自治会が自治会員に無断で同意書に自治会長の印鑑を押捺したことをもって住民の同意が得られたとしているに過ぎない。

特に、和歌山県ではこれまで隣接自治会の同意のない開発許可は認められず、これは和歌山県では慣習的基準として公約されたものであった。したがって、隣接自治会全ての同意を得ることが開発許可の前提であるというべきであり、隣接自治会の一つである東出自治会の同意を欠く本件処分は違法である。

第三争点に対する判断

一  原告らが、本件処分の取消しを求め得る地位にあるかどうか(原告適格)について判断する。

1  行政処分等の取消訴訟は、当該処分等の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」に限り提起できる(行政事件訴訟法九条)。取消訴訟の目的が、当該処分の法的な効果として特定の個人の権利若しくは法律上保護された利益が侵害され、又は、必然的に侵害されるおそれがあるときに、右状態を解消させることにあることからすれば、右権利や利益とは、処分の根拠となった行政法規がその保護を目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている具体的個別的利益に限られるというべきである。

したがって、原告らが本件処分の取消しを求めるには、原告らが本件処分によって、右のような権利ないし利益を侵害された、又は、必然的に侵害されるおそれがあるという場合でなければならない。以下、これを前提に、原告らの主張について検討する。

2  原告らの、本件処分によって本件土地の利用が制限され、その共有持分権を侵害されるから原告適格を有するとの主張について

(一) 被告は、本件処分によって、柏栄不動産株式会社に対して、開発区域内において建築物の建築等の開発行為の一般的禁止を解除したに過ぎず、本件処分は、開発区域内の土地について、所有権者の同意なくして開発できるような何らかの権限を設定するものではないし、私人間の権利関係に変動を及ぼすものでもない。

(二) 法三七条本文は、開発許可処分の後一定の期間、開発区域内の土地について一定の建築制限がなされる旨規定する。しかし、この制限は、法三三条一項一四号の開発に対する同意をした者だけに課される制限であり、開発行為に同意していない者に対しては及ばないから、法三七条により原告らの土地利用が制限されることはない。

原告は、この点、本件土地の共有持分権者の一部が同意していなくても、他の多数の共有持分権者が同意しさえすれば、結局原告らも右制限を受けると主張する。確かに、右同意が管理行為(民法二五二条)に準ずるとすれば、右制限を受けることになるが、それは共有という法律関係、つまり、持分に応じた共有物の使用等しか許されないという関係に常に内在する制約に過ぎず、本件処分によって発生する効果ではない。例えば、共有物を共有者の過半数をもって他に賃貸する旨決したときは、やはり少数持分権者は共有物の使用もままならないという事態に至る場合と同様である。

したがって、右建築規制が原告らの共有持分権を侵害するものとは解されない。

(三) 法四二条は、開発区域内の土地につき、用途地域等の定めがない場合には、工事完了公告の後は、都道府県知事の許可を受けなければ、開発許可にかかる予定建築物以外の建築物などを建築してはならない旨の制限を規定する。しかし、同条は、工事完了の公告後は、開発区域内において、予定建築物等が無限定に変更されたのでは開発許可制度の趣旨を没却するところからこれを規制したものであるが、右規制は、開発許可処分の効果ではなく、開発許可制度を実質的に担保するための工事完了制度において、工事完了公告に対して法が特に付与した効果というべきである。そして、右建築規制自体は、いまだ一般的抽象的な性格のものであるに過ぎないから、これによって原告らの権利・利益が侵害され、又は必然的に侵害されるおそれが生じたということはできず、原告らにおいて本件土地に予定建築物等以外の建築物等を建築しようとし、都道府県知事の不許可処分等の行政庁の具体的処分によってこれが妨げられるに至って初めて権利侵害等があったと評価し得ると解される。のみならず、本件土地は市街化調整区域に存在し、建築物の建築については法四三条の制限を受けていたところ、法四二条の制限は、実質的にみれば、市街化調整区域の建築制限以上の規制を行うものではなく、昭和四四年一二月四日付局長通達によれば、法四三条一項一号から四号まで又は七号に該当する場合には、法四二条一項ただし書所定の許可を受けることができる。

したがって、右建築規制もまた、原告らの共有持分権を侵害するものとは解されない。

(四) 以上のとおり、本件処分によって原告らの共有持分権が侵害される、又は、必然的に侵害されるおそれがあるものと解することはできないから、これを基礎として本件の原告適格を肯定することはできない。

3  開発許可の対象となった土地の直下に居住する、原告中本綾子を除く原告らの、本件処分で許可された開発行為の結果、交通渋滞や洪水等の危険にさらされ、生命、身体、財産への被害を受ける危険性が大きいから原告適格を有するとの主張について

(一) 法三三条一項各号は、開発許可の基準を定め、右基準中には、開発区域の周辺地域の環境保全、災害防止、交通の安全等に関連する事項が定められており、右基準によって結果的には開発区域の周辺地域住民の生活上の利益の保護が図られるものと考えられる。

しかし、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与するという法の目的、農林漁業との健全な調和を図りつつ、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保すべく、適正な制限のもとに土地の合理的な利用を図るという、都市計画を定めるにあたっての基本理念や、都市計画法、同施行令及び同施行規則には開発許可をするに当たって周辺住民の意見の聴取など、その意思が反映される制度が設けられていないこと等に鑑みれば、法二九条の開発許可制度、法三三条の開発許可基準は、法の目的達成のための一般的公益の保護を図るための制度であり、周辺住民個々人の具体的利益を保護するものと解することは困難である。

また、開発許可処分に関しては、相当広範な地域を対象とするものであるから、その周辺の住民が、各許可基準によってどれほど個別的、具体的に保護されるべき利益を有しているかについて、これを特定することも困難である。

そうすると、都市計画法上の開発許可基準が、特定の範囲の周辺住民の個別的利益を保護するものとは解し難いものといわなければならない。

(二) 原告らは、開発許可基準のうち、法三三条一項二号、同法施行令二五条は、開発区域内の道路について、開発区域外の道路の機能を阻害することなく、これと接続して有効に機能を発揮させることを要求して、道路の形状等について詳細に規定し、また、開発区域に占める公園の面積の割合についても規定していることを理由に、これらが、開発区域周辺住民に対しても、環境保全、災害防止、通行の安全及び事業活動の効率の面から配慮したものであると主張する。確かに、法三三条一項二号において、周辺地域の状況を勘案するものとはされている(同号イ)から、周辺住民について何らの配慮もされていないとまでいうことはできないけれども、同法施行令二五条一号では、単に、開発区域外の道路の機能を阻害しないとか、これと接続する必要があるときには、当該道路と接続してこれらの道路の機能が有効に発揮されるべきとするに過ぎず、また、同条四号では、開発区域内の主要な道路は、原則として、開発区域外の幅員九メートル以上の道路(開発区域の周辺の道路の状況によりやむを得ないと認められるときは、車両の通行に支障がない道路)に接続すべきとするに過ぎず、それ以上に具体的に周辺地域の土地の現況、居住状況、周辺に及ぶ危険の程度との関連で規制基準が定められるわけでなく(同法施行規則二〇条、二〇条の二)、また、右規制によって周辺住民が受ける利益は具体性に乏しい。例えば、道路の渋滞により、周辺地域に交通の不便、交通事故の増加、騒音、大気汚染など様々な悪影響を及ぼすことは想像に難くないが、その内容は漠然としたものであって、これらによって原告らにもたらされる被害はいずれも一般的、抽象的なものであるから、原告らに公益に解消しきれないような個別的、具体的な権利ないし利益の侵害又は侵害のおそれが生じたとはいい難い。公園の面積についても、同法施行令二五条六、七号及び同法施行規則二一条で、その基準を一応具体的に定めるが、これによっても、どれほど周辺住民が具体的に利益を受けるかは疑問であるといわざるを得ない。

(三) 原告らは、開発許可基準のうち、法三三条一項三号、同法施行令二六条は、排水によって開発区域及びその周辺の地域に溢水等による被害が生じないような構造及び能力で適当に配置されるべきことを要求して、排水施設等について規定することを理由に、これらが、開発区域周辺住民への溢水等による被害をも防止しようとするものであるとも主張する。確かに、法三三条一項三号において、開発地域の周辺地域に溢水等による被害が生じないように排水路その他の排水施設を配置すべきこと、必要に応じて開発区域内に一時雨水を貯留できる遊水池等を設けることができることを規定し、周辺の状況、放流先の状況を勘案するものとはされている(同号ロ)から、周辺住民について何らの配慮もされないとまでいうことはできないけれども、同法施行令二六条一項二号、同法施行規則二二条において、五年に一回の確率で想定される降雨強度以上の降雨強度値を用いて算定した計画雨水料並びに生活又は事業に起因し、又は付随する廃水量及び地下水量から算定した計画汚水量を基礎として、放流先の排水能力を勘案して開発区域内の排水施設を設置する旨規定するに止まり、規制ないし基準の内容は、さほど具体的とはいえないから、これらによって保護されるべき原告らの権利ないし利益の内容としても、いずれも一般的、抽象的なものであるといわざるを得ない。

(四) その他原告らの主張の中に、都市計画法、同法施行令、同法施行規則に照らし、原告適格を基礎付けるに足りる具体的なものは存しない。

二  以上のとおりであるから、原告らには原告適格は認められず、原告らの本件訴えは全て不適法であるから、いずれも却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 林醇 中野信也 福田修久)

別紙物件目録<略>

別紙図面<略>

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